「ネットで生保を売ろう!」

ネットで生保を売ろう!
岩瀬 大輔
文藝春秋
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「ネットで生保を売ろう!」を読んでみました。ライフネット生命保険の立ち上げをつづった経済小説風ノンフィクションエッセイ。
非常に面白かったです。
この本の元になったメルマガも読んでいたのですが、こうしてまとめて読むと圧巻でした。色々感想はあるのですが、この本の感想を3つの側面から綴ってみます。

1.日本のネットベンチャーの起業ストーリー

1つ目は、日本のネットベンチャーの起業ストーリーという面です。
ライフネット生命は、お手軽なイメージがあるIT系ベンチャーという側面と、生命保険という手続きが非常にめんどくさそうな重めのイメージの会社という側面を併せ持った珍しい会社のため、その起業過程は読み手にとって興味深いエピソードに満ち溢れています。
例えば、役所の許認可を得るエピソードは物珍しくて、何度読んでも面白い。
他の金融系ベンチャーだと免許を持った会社を買収してスタートすることが多いため、ゼロから、しかも生命保険の認可を取得したりはしない。このゼロからという点が、読者に「ゼロからでもここまでできるのか」という驚きを与える。(もちろんベースとなるものは色々あるけど)
また資金調達のエピソードも面白い。
生命保険という業態の制約から、100億円という莫大な開業資金を調達する必要があるのだが、それをプレゼン一本で相手に出資を決断させる過程は、プレゼンに至る過程を含めて面白い読み物だった。
このように、日本のネットベンチャーの起業という観点からこの本を読むと、他にも興味深いエピソードが多く読め、語り口も軽妙洒脱で面白かった。

2.スーツから見たシステム開発

2つ目はスーツから見たITシステム開発ストーリーという側面である。
ライフネット生命はネットベンチャーであるから、ITシステムの開発は会社の生命線のひとつと言える。この本でも、ITシステムの要件を定義して、開発を外部に発注するわけだが、システム屋から見た場合、そこに至るエピソードは発注までの膨大な前振りとも読める。
そして、その前振りには、経営から見たシステム開発の重要性について書かれており、その視点はシステム屋にとって非常に興味深い内容になっている。
それは、ITシステムというのは経営にとって重要ではあるが、他の重要な業務、例えば企画、財務、経理、人事、マーケティング、契約サポートといった基幹業務の一つでしかないという視点だ。
つまり、ITシステムは会社の事業を成功させるために重要ではあるが、それでも数多あるピースのひとつに過ぎないのだ。
経営とITは「スーツとギーク」みたいな単純な構造ではないということだ。
この膨大な前振りというのはすなわち、"業務"がシステムを必要とする理由でもあるわけで、このバックグラウンド(システム屋が通常"業務"の一言で片付けてしまう)をシステム屋が汲み取れるか否かはプロジェクトに大きな違いをもたらす。
現に、この本でも、お決まりのプロジェクト遅延が発生している。
そして遅延の理由として出てくる「仕様の理解不足」や「外部システムとのインターフェースの定義ミス」なんて言葉を見ると、私たちは少し安心してしまう。どこも一緒だなと。
だが、このお決まりの言葉が出てくるまでの膨大なプロセスこそ、この本の白眉だ。
システム開発プロジェクトではなぜ毎回毎回同じことが起こるのか。コミュニケーション不足なんてありきたりで表層的な理由ではなく、その機能はなぜ必要なのかというシステムの根源に関わる壮大なストーリーの理解なくしてシステムは開発し得ないのだ。
そしてシステム屋は単にシステムを作るだけでなく、その壮大なストーリーの一翼を担っているのだという考えに至ると、上記のようなミスはなくなり、またお仕事の意義を再発見できるのではないだろうか。
というように、本書はITシステム開発ストーリーという観点からも面白く読める本だった。

3.同時代性

3つ目は、同時代性である。本書に出てくる話はここ5,6年の話であり、最後グローバル戦略に向けて舵を切るというところで終わり、2011年という今時点の著者やライフネット生命の動静につながっていく。
この本を読み終わったときの快感は、歴史の教科書を読んで現代に辿り着いたときの快感に似ているが、この本のすごいところは、こんな最近の話なのに、会社名や個人名や数字がこれでもかと具体的に出てくるところである。これはほんと読んでて面白い。
これは昔話ではないのだ。今を描いた話なのだ。
また、最後、海外の保険業界のビッグプレイヤーに向けて、自説を堂々と論じるシーンは(若干ケレン味があるものの)圧巻だった。とても同年代とは思えない^^;



以上、本書は全体として非常に面白い本であり、また著者がよく言う「ファクツとロジックで攻める」というのを地で行く内容となっているため、読み物としてだけでなくビジネス本としても楽しめる内容になっていると思いました。
☆☆☆☆☆